広島地方裁判所尾道支部 昭和27年(ワ)101号・昭27年(ワ)223号 判決
原告に対し被告久保光男は別紙目録<省略>記載(一)の、被告久保彌作は別紙目録記載(二)の各農地の引渡しをせよ。
原告その余の請求はこれを棄却する。
原告(反訴被告)は被告(反訴原告)久保光男に対しては別紙目録記載(一)の、被告(反訴原告)久保彌作に対しては別紙目録記載(二)の各農地につき売買による所有権移転のため広島県知事の許可申請手続をせよ。
訴訟費用中、本訴については原告と各被告との間に生じた部分はいずれもこれを二分し、その各々の一は原告の負担とし、その余はそれぞれ各被告の負担とし、反訴については全部原告の負担とする。
この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。
二、事 実
原告(反訴被告、以下「原告」と略称する)訴訟代理人は、本訴については主文第一項同旨並びに原告が被告(反訴原告、以下「被告」と略称する)久保光男と昭和二十三年六月五日になした別紙目録記載(一)の農地(以下「農地(一)」と略称する)の売買及び被告久保彌作と同年五月二十八日になした別紙目録記載(二)の農地(以下「農地(二)」と略称する)の売買はいずれも無効なることを確認する。訴訟費用中原告と被告光男との間に生じた分は同被告の、被告彌作との間に生じた分は同被告の各負担とする、反訴については被告等の請求はいずれもこれを棄却するとの判決並びに本訴における主文第一項同旨の部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求め、本訴に対する請求原因及び反訴に対する答弁として、原告は被告光男とは昭和二十三年六月五日原告所有の農地(一)を、被告彌作とは昭和二十三年五月二十八日原告所有の農地(二)をいずれも農地調整法第四条による県知事の許可又は村農地委員会の承認を受けずして売買契約し、その頃右各農地を各被告に引渡し爾後被告等はこれを占有している。しかし右売買契約はいずれも前記の許可又は承認がないので無効であり、従つて農地(一)(二)共にいずれも原告の所有するところであるから被告等の占有は法律上理由がない。しかるに被告等は各自の所有権を主張してこれを争うので右各売買契約の無効確認並びにその引渡しを求めるため本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は、本訴については原告の請求はいずれもこれを棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。反訴については主文第三項同旨並びに第四項反訴部分同旨の判決を求め、答弁並びに反訴請求原因として、原告主張事実は全部認めるが、本件各売買契約は各当事者間において農地調整法第四条にいう県知事の許可又は村農地委員会の承認を受けるため原告においてその申請手続をなすことの特約があつたのであり、原告が前記特約に違反して右許可又は承認を受ける手続もしないで現在に至りそれらの欠缺を理由に被告等に対し本件売買契約の無効を主張するのは権利の濫用であり且つ契約上の信義則にも反するもので許されない。仮りに右許可又は承認がないため本件売買契約が無効となつたとしても、原告の本件各農地の被告等への引渡しは強行法規に違反する不法な原因にもとずく給付であり、仮りにそうでないとしても被告等は原告より本件各農地の引渡しと同時に該農地上で耕作することの権利を原告より得ているのであるから以上いずれよりするも原告の引渡し請求に応ずる義務はないと抗争した。<立証省略>
三、理 由
原告主張の事実及び被告主張の抗弁事実並びに反訴請求原因事実についてはいずれも当事者間に争いはない。
そこで先ず農地調整法第四条、農地法第三条にいう都道府県知事の許可又は元市町村農地委員会或いは市町村農業委員会の承認を受けていない以前の農地の売買契約並びにその売買契約にもとずく該農地所有権の移転は法律上どのような効力を持つものであるかについて考えてみる。前記各法条が農地その他について権利の設定及び移転を制限している趣旨は、いわれるように耕作者の地位の安定と農業生産力の向上を意図するものである。したがつてこの意図に反しない限りにおいては右権利の設定及び移転も必ずしも許されないものではなく、ただその意図に反するかどうかつまり権利の設定移転を許すかどうかの判断は右各法条によつて都道府県知事又は農業委員会(元農地委員会)に一任されているのである。そうとすれば単なる債権契約としての売買契約に止まる間は右各法条にいう前記の意図に反するかどうかは未だ定まらない状態であつて、もし前記許可又は承認があれば爾後は有効にその所有権を移転し得る訳であるから右許可又は承認を受けていないという丈の理由では直ちに無効と断ずることはできない。又仮りに爾後に右許可又は承認が得られないとしても契約の目的物の引渡しが履行不能となるというに過ぎず、債権契約が遡つて無効となる訳のものでもない。
ところが債権契約たる売買契約のみについては右のように云えてもそれにもとずく農地等の所有権の移転については前記の許可又は承認がその前提要件をなす意味で、右許可又は承認なき限り所有権の移転は生ずる筈もない。すなわち同条の許可又は承認は権利変動の成立要件をなしているものと解する他ないからである。普通農地の売買については先ず当事者間に売買契約が成立し、その後において右の許可又は承認を受けることが慣例でもあろうし、又売買契約も成立していないようなあいまいな状態では当事者及び目的農地を対象としてその是非を決定する許可又は承認も事実上不可能なことでもあろう。そして更に右各法条の立法趣旨よりするも現実の権利変動についてのみ国家的干渉を行えばその目的は充分に達成できるのであつて、殊更に契約自由の原則を不必要に制限するような法規の解釈は妥当とも考えられない。
以上の次第であるから本件各農地は未だに被告に移転せず原告の所有するところであることは明らかであるが、同時に原告と各被告間との本件各農地の売買契約もまた有効に現存しているものといわざるを得ない。そうすると被告等は本件各農地を法律上理由なくして占有していることになり、所有権者である原告の引渡請求に応ぜねばならない筈であるがこの点被告等は抗争しているので更に判断すると、農地調整法第四条、農地法第三条は農地について単に所有権のみではなく地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権、その他使用収益を目的とする一切の権利を含むものであつて当然に被告等主張にいう「耕作権」(その法律上の性質については明らかでないが少くとも現実に農地を耕作し得る権利と解する)もその対象に含まれる故前記所有権の場合と同様に現実の権利の設定、変更の効果は主張できないものと解する。したがつて被告等の主張は失当である。
そこで更に被告等が反訴として原告に求めている本件各農地に関する県知事の許可申請手続の点について判断すると、原告と各被告との間に本件各農地の売買について原告が右手続をなすことの特約があつたことは当事者間に争いのないところで、本件の場合には右手続をなすことを特約することは何等差支えのないところであるから被告等の主張は理由があり原告は各被告のために右手続をなす義務がある。
よつて原告の各被告に対する本件各農地の売買無効の確認を求める部分はいずれも失当であるから棄却し、引渡しを求める部分及び被告等の反訴請求はいずれも正当であるから認容し、本訴については民事訴訟法第九十二条を、反訴については同法第八十九条を、仮執行の宣言については同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 国政実雄)